雑記帳

わたしのさくぶんおきば

Sing Street

ついさっき観たんです、『シング・ストリート 未来へのうた』を。気になってはいたのですが、他作品を視聴する約束があって後回しにしていました。はい、失敗でした。この映画を一番最初に観るべきだった。先行して鑑賞したものが何だったのか、もはや思い出せません。それくらい胸に響きました。たぶんわたしの友人にとっても、わたしとおなじくらい重要な作品になると思います。だって、気が滅入るような現実に打ちのめされるなんてこと、生きていれば何度でも経験するんですから。未来を信じられなくなるなんてことも、明日に期待できなくなるなんてことも、珍しいことじゃないんですから。ありふれたこと、あたりまえにぶち当たってしまうことなんですから。だからこそわたしたちは、どんなに痛めつけられようと、それでも立ち上がって前に進む、そのための力を求めているわけです。自己の中に、他者の中に、映画に、音楽に、漫画に、小説に、詩に、あらゆるものに。背中を押してくれる何かを求めている。求めずにはいられないんです。わたしは、この映画の中にそれを見出しました。そして共感しました。クソったれな世界にあって、嘲笑われようとコケにされようと何かを諦めなかった自分自身の姿を、わたしは彼に重ねました。戦わないことを選んで、それで何が変わるってんだよ。俺はいつだって前に進むんだよ。ずっとそう言ってきたんだよ。変わらない、絶対に。

 

歌も素晴らしいです。劇中バンドの楽曲も秀逸ですが、最後にかかるアダム・レヴィーンの『Go Now』では感極まりましたね。物語後半でゆるみきっていた涙腺にとどめを刺されました。AppleMusicにサントラがあったのでいまも聴いています


「シング・ストリート 未来へのうた」予告編

予告動画の字幕は宣伝のために改変されているようです。明らかにそんなこと言ってないだろこの台詞、という、よくある事象がここでも見受けられます。