雑記帳

わたしのさくぶんおきば

撮る人たちと撮られる人たちと、その媒介として在るカメラ

『フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク』、わたしは楽しめました。混沌としたストリートを練り歩き、被写体を選び、撮影する。そんな極めてシンプルな営みによって、人と街の持つ厖大なエネルギーの一瞬一瞬の発露が刻まみこまれ、記録されてゆく。世界に。そしてわたしたちの記憶に。おもしろいのは、無許可でシャッターを切る写真家と、きちんと許可をとる写真家がいたところですね。考え方のちがいからそういった差異が生じているのですが、前者の場合、相手によっては危険な目に遭うこともあるわけです。だってニューヨークだぜ。銃器も薬物もめずらしいものじゃあない。消耗の度合いは計り知れませんよ。たとえ身の安全が保障されていたとしてもわたしは関わりたくないな。全体を通して、インパクトのある、象徴的な写真がたくさん見られます。写真家たちの仕事に対する姿勢や生き方に触れられたことも、わたしにとっては大きな収穫でした。

フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク (字幕版)

フォトグラファーズ・イン・ニューヨーク (字幕版)

  • シェリル・ダン
  • ドキュメンタリー
  • ¥2000

 

映画に触発されたわけではありませんが、今朝はやく、自宅から自転車で15分ほどのところにある公園(古墳もあってちょっとした山)まで行ってきました。そしてiPhoneフィルムカメラで風景を中心に撮影。平凡かつ退屈な写真を量産したのです。いえ、謙遜でなく平凡かつ退屈な写真です。今後も撮るのであれば、何をどう写すかについて真剣に考える必要がありそうです。でなければ自分自身すら満足させられまい。

VOKES。色っぽくて好き。

Cruel Game

Cruel Game

 

Value

Value