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尾骨の鈍痛

朕の臀部をダメージすることこそが世界の意志なのだといわんばかりの主人公的視座からもたらされる虚無感をかき抱きつつ円座クッションに鎮座ましましています。なんてことはない、姿勢の問題だこれ。さて、いま生きてここに在るわたしたちの目の前には無限とはいかずともけっこうな数の可能性が用意されているわけなのだが、ほとんどの場合、選択されるのはそのうちの一つでしかない。ほとんど? まあいい。これは同一時空上に並行して存在することのできない我々の種としての限界であって、あるいはいつの日かテクノロジーの進化がそういったものの実は破壊可能な、もしくは通り抜け可能な壁としての現実を眼前へと突きつけてくれるかもしれないけれども、いまの時点ではどうしようもなくどうしようもない事象だということはおそらく確かなのである。あ、明日は古紙、古布、カンビンの収集日ですね。忘れずに出してね!わたし!話は変わって。朝起きてから辞書の可能性について考えていました。尻の痛みに耐えつつな。紙媒体に関してはすでに最終形態に移行した感があるし、電子辞書もスマホアプリも端末の限界に左右されて久しい。視界にとらえた言葉の(物の)定義に疑問が生じた瞬間こたえを放ってよこす脳波読み取り機能つきウェアラブルマシーンの登場が待たれる。しかし開発されるとしてももうちょっと先の話っぽい。脳波読み取り機能つきウェアラブルマシーンってすげえ頭悪い言葉っぽい。あとは日常触れる外部情報のうち、所有者のライブラリ(ディレクトリか?どちらでもよいがとにかくこの場合は脳)に存在しないデータを自動検出して提示するとか。どうせGoogleは頭の中まで検索できるようにするつもりなんだろ。ケツがいてえ。広辞苑第七版はまだか(改訂作業がんばってください)