雑記帳

わたしのさくぶんおきば

掌篇 ♯2 『転生勇者選考委員会』

「また……駄目だったか……」

 俺が異世界から連れてきた勇者たちは、そのことごとくが冒険のさなかに命を落としてしまった。中には魔王の居城までたどり着いた猛者もいたが、善戦むなしく爆発四散。木っ端微塵に吹き飛んだ。

 転生勇者選考委員会の一員となってはや五年、いまだ救世主は輩出できていない。

 

 俺自身、かつては転生者だった。地球という星の、日本という国で生まれた俺は、不慮の事故によって命を落とした後、謎の存在に導かれるまま滅亡の危機に瀕した地へと降り立って、第二の人生を歩み始めた。試練につぐ試練。辛く苦しい日々。道中、何度死を覚悟したかわからない。しかし、それでも頼れる仲間たちとともに最後まで戦い抜き、諸悪の根源たる魔王を討ち滅ぼすことに成功した。

 

 転生者としての役割を果たした俺は、謎の存在と交わした約束どおり、次世代の勇者を選出する者たちの輪に加わった。つまり、人々がいうところの神へと生まれ変わったのだ。

 

 神といっても、際限なく魔法を行使できるようになったことと、不老不死になったこと、さらに既存の世界を自在に行き来することができるようになったことを除けば、人間だった頃と変わりはない。腹もすけば眠くもなる。不便なところはそのままだ。だからやっぱり上手くいかないことは上手くいかないし、悩みだって尽きない。全知全能とはほど遠い場所に、俺はいる。

 けれど、もう一度人間に生まれ変わろうとも思わない。住めば都なんて言葉もある通り、俺はなんだかんだこの生活を気に入っているのだろう。

 

 とはいえ、だ。現状を打破しなければ、いずれ立場が危うくなる。委員会は会員制で、定員も決まっているからだ。その存在を知り、参加を熱望している転生者はたくさんいるのである。うかうかしていると人間に逆戻りということになりかねない。

 仕方あるまい。俺は俺をこの道に引き込んだ張本人、謎の存在に会いにいくことにした。

 

「つまんない」

 謎の存在は、開口一番こう言った。

「きみ、いつからそんなつまんない奴になっちゃったの? 人間だったころはあんなに尖ってたのに」

 ぐうの音も出なかった。

 俺自身、謎の存在に向かって窮状をつげつつ違和を感じていたからである。あの頃は、勇者として命がけの冒険をしていたころは、保身にはしって立ちまわるなどというせせこましい考えは一度たりともあらわれてこなかった。世界に平和を、人々に安寧を、そのために全力で駆け抜けた。なのにどうだ、天上の民となり、その地位に甘んじるうちに、失脚を懼れるようになっていたとは。俺はいったいなにをやっていたんだ。

「戻してください」

「うん?」

「俺を人間に戻してください」

 謎の存在は、少女は、しばらく俺の顔をながめたあと、息を吐くように笑って言った。

「きみの旅が、すばらしいものになるよう祈っているよ。いつかのようにね」

 

 かくして俺は、ふたたび地上の人となった。謎の存在とは別の、あらたな導き手にいざなわれて。

「よろしくお願いします。勇者さま」

 きけばその娘は俺の抜けた席におさまった新人らしい。彼女も元は転生者で、日本の、しかも東京の出身ということもあって、すぐに打ち解けることができた。同郷のよしみというわけではないが、神様の先輩としてできる限りの補助はしたい。 

「わからないことがあったら、なんでも訊いてくれ。俺はこう見えて、それなりに経験を積んでいるからな」

「いえ、けっこうです」

「あれ!?」

「だって、あなた有名ですよ。勇者殺しの名手って。お姉ちゃんなんか『花火師』って呼んで笑ってましたし。ほら、送り出した勇者が魔王にやられて綺麗にはじけ飛んじゃったでしょ」

「ひどいよ!? って、お姉ちゃん?」

「はい。ここに来る前にも会ったでしょう? あなたを神様にした人ですよ」

「ぐっ……あのガキッ……」

 娘がくすくすと笑う。

「あなたはお姉ちゃんのお気に入りなんです。今回、こうしてわたしが同行することになったのが、その証拠ですよ」

「うーむ」

 そう言われると悪い気はしないが……はじめから仲間がいるというのもなんだか狡いような。しかも元神と現神のパーティ。これがチートってやつか。特別な力こそ失ったものの、俺には前世と前々世と前々々世の記憶と経験が残っているわけだし。

「とにかく出発しましょう。世界の数だけ魔王はいるんです。はやくしないと滅びちゃいますよ、ここ」

「お、おお……そうだな。じゃあ手始めに一番ちかい街に行こうか。俺は今は人間だ。まともな装備が無いと簡単に死んでしまう」

「あはは、期待してます」

「期待すんなよ! あははじゃないよ怖いよおまえ!」

 娘はぺろりと舌を出すと背を向けて歩きはじめた。やれやれ、どうなることやら。先行する女神を前に軽くため息をついた俺は、雲ひとつない真っ青な空を仰いだ。

 かくして一人と一神の旅がはじまった。

 

 

おまけ

 

「なあ、姉妹なんだよなおまえらって」

「そうですよ」

「つまり二人とも元は日本人」

「はい」

「名前は?」

「……」

「名前だよ、名前。そういえばあのガ……きみのお姉さんの名前も知らないんだよね。おかしいよね、これって。きみたち、こっちではなんて名乗ってるの? どうせ本名じゃないんだろう? なにしろ異世界だものね?    ん? どうなんだね?」

「……すでに半笑いの人に教えたくありません」

「いやいやいや! 知らないと困っちゃうじゃないですかこれから! なにせ一緒に旅をしようってんですもの! ねえ! 恥ずかしがらなくても大丈夫ですよ!? 中二病全開のすばらしいネーミングセンスを、さあほら! さらけだしてどうぞ!」

「な!? か、勝手に中二病とか! 全然そんなんじゃないもん! おおおお、お姉ちゃーん!!」

「は? あの、ちょっと?」

 なぜだろう。今の今まで晴れ渡っていた空に暗雲が立ちこめはじめた。それも俺の頭上のあたりにのみ。嫌な予感がする。

「あ、あ、ちょっと待って、あ、すいません、すいませんでした」

「もう遅いんだから! やっちゃえお姉ちゃん!」

 閃光と轟音。すさまじい衝撃が全身を貫いた。視界が一面まばゆく輝き、次いで漆黒に染まる。俺の意識はそこでぷっつりと途切れた。

 

 あだ名に『避雷針』が追加されたのはそれからだ。以来、日課のように神のいかずちをくらいつつ、魔王討伐の旅を続けている。

 二人の名前はいまだに知らない。まったくもってやれやれだ。

 

    俺の名前だって?    ……さあ、なんだったかな。