雑記帳

わたしのさくぶんおきば

掌篇 ♯4 『死にぞこないのバラッド』

うつろう時のなかを、どれほどのあいだ揺蕩っていたのだろう。

ながい眠りから覚め、ふたたび萌芽した自我は、斑消えとなった記憶の沼を這いずるようにたどりながら、自問した。

 

神はなぜ、私を殺さなかったのか、と。

 

 

これは、呪いだ。

少女はこみあげる嘔吐の気配にあらがいながら、ふるえる手を強く握りしめた。きれぎれの呼吸が厭わしい。全身が燃えるように熱かった。

 

神は、こいつは私に呪いをかけた。私から死を奪ったんだ。私はもう死ねない。老いることもかなわない。人が、生けとしいけるものが、私と、私を見下ろすこの存在をのぞいたあらゆるすべてが、まるで時間のように溶けて流れ去ってゆく様を、私はただ座視し続けることしかできないんだ。

 

焦点が定まらないまま、少女は眼前を睨めつける。視界は微細な光の粒子に満ち、なにもかもが輪郭をうしなっていた。

 

くそ。くそったれ。

 

少女は毒づきながら、衰弱した肢体を石だたみに横たえた。もはや四肢を支える力すら残っていなかった。

世界が外縁から闇に包まれてゆく。思考が焼き切れる寸前、嘲るような声をきいた気がした。それはあるいは、憐れむ声であったのかもしれなかった。

 

 

己れの名が何であったか、自我は思い出すことができなかった。己れが元はどのようなものであったかも、判然としなかった。想起されたのは、神に叛逆し、敗れ去った事実のみだった。

 

そうだ、私は敗北した。この世の理にいどみ、なすすべなく屈したのだ。倨傲の代償は、死の剥奪。死にぞこなったあげく、死ねなくなったなんて。

 

自我は、指先でさぐるように、きいたはずの言葉を、刻まれたはずの言葉を、己れの内に求めた。

神は最後になんと言ったのだったか。脳裏で、ちりちりと奇妙な音がする。得体のしれない不可視の群れが、心の奥底でさんざめいた。と、不意に言葉があらわれた。

 

ワルプルギス。

 

そうだ。神は最後に呼んだのだ。私の名を。

 

神は、あの子は、たしかに私を呪った。だがそれは憎しみからそうしたのではない。他に方法がなかったのだ。私の力はすでにあの子を凌駕するほどになっていた。決定的な差異があるとすれば、私が人で、あの子が神であったこと。あの子は私には無い特別な力で私を無力化した。殺さないために。

 

あの子は私に憎まれているとわかっていながら、私を憎まなかったのだ。

あの子はわたしを、かつてわたしがあの子を愛したように、まだ、愛していてくれたのだ。

 

だったらーー。

 

もう一度会いにゆかなくては。

そして、死を超えた者同士、果てることなく干戈をまじえよう。

あなたが私を愛するかぎり、私はそれにこたえ続けるよ。ねえ、レウカ。