雑記帳

わたしのさくぶんおきば

掌篇 ♯5 『白話乙女』

 お話の中に登場する生き物を、一時的にこちらの世界に呼び寄せる。

 自分に特別なちからが宿っていることに気が付いたのは、数年前のことでした。

 一般に魔法というものは、わたしたちの暮らすこの世界に対して、魔導語、あるいは古代魔導語を用いてはたらきかけ制御する技術のことを指すのですが、稀にそういった体系立てられたものとは別種の、特異な能力を発現する者が誕生するのです。

 わたしにあらわれたのも、きっとそのひとつなのでしょう。

 

 当時のわたしは、一介の旅人でした。たくさんの本とわずかな必需品を背負い、歩いて旅をしていたのです。

 

 ある晴れた日のことでした。わたしは立ち寄った街で、泣きはらした目で失くした宝物を探す女の子と出会いました。

 なんとかして彼女を助けたい。

 そう思ったわたしは、女の子と一緒にそこかしこをくまなく調べ、道ゆく人々にあたり、彼女の探し物を見つけようとしました。しかし、あったのは穴の開いた靴だけでした。それはわたしにも女の子にも大きすぎました。

 

 困ったわたしは、先だって読んでいた探しもの上手な猫が登場する本を背嚢から引っぱり出し、なにか参考になる記述がないかと頁を繰りはじめました。

 そうしていくらか経った頃です。わたしは突然、意識が遠のくような不思議な感覚に襲われました。わたしは、這うようにして近くの長椅子にたどり着くと、なんとか座り込んで目をかたく閉じました。しばらくじっとしていると、少しずつですが復調してきました。

 

 ようやく気分が落ち着き、ほっと息をついた時のことでした。かわいらしい鳴き声がしたのは。

 驚いて目を開けると、足元に本の挿絵そっくりの猫がいました。

 わたしは自分でも驚くほど大きな声を出しました。びっくりしたのでしょう、女の子がすこし跳びましたが、わたしはその件については触れずにおきました。

 

 女の子は興奮していました。

 すごい、どうやったの。掴みかからんばかりの勢いで質問してきました。

 対するわたしは極めて冷静でした。なにせ取り乱したことなど人生で一度もありません。わたしは……え、なんですか?

 さっき大きな声を出したと。

 はい、たしかにそう言いました。

 取り乱したことは無いと。

 はい、たしかにそう言いました。

 矛盾?

 なにを言っているのですかあなたは。

 え、ではありません。わからないのですか?

 わからないのですね?

 わかりました、説明します。

 実はわたしに大声を出させたのはわたしの潜在意識なのです。わたしの潜在意識は潜在しているのでわたしの顕在意識にはそれがどのようなものか窺い知ることができません。つまりわたしの潜在意識はわたしの制御下に無いわたしであり、そんなものをわたしはわたしだとは断じて認めるわけにはいかないのです。あれはわたしであってわたしではない。わたしではないわたしなのです。わかりますか。つまりわたしではないわたしがわたしの身体を使ってわたしの……あ、もういいですか。そうですか。わかりました。

 あなたのせいで話が逸れましたね。お話の途中で本筋を離れるのは好きですが、大抵戻ってこられなくなるので気を付けてください。

 はい、そうです。わたしではなく、あなたが気を付けるのです。わたしにはどうすることもできません。

 わたしは女の子に、わたしに訊かれても、と返答しました。

 納得がいかなかったのか、女の子が頬を膨らせ、むう、と唸ったので、わたしは指ではさんで溜まった空気を吐き出させました。

 わたしが何をしたのか、それはわたしたちのどちらにもわかりませんでしたが、わたしが瞑目している間に何が起きたのかはわかるはず。

 そう思って女の子に問うてみると、空間に光が現れ次第に強くなり、それが消えたら猫が地面にちょこんと座っていた、といった意味合いの回答を、実に子供らしい言語感覚でもって提示してくれました。

 わたしは女の子が話す間、幾度かいいかげんな相槌をうち、最後に、光から猫がわいたんですね、と言いました。

 猫、いえ、リディエは……彼女は作中ではリディエと呼ばれています。

 これは彼女のいくつもあるお気に入りの名前のひとつで、呼ばれるとついつい返事をしてしまうんです。かわいい。

 それで……ええ、なんでしたっけ。そうそう、リディエはわたしの膝に跳び乗ると、ひと鳴きして喉を鳴らしはじめました。かわいい。

 わたしはためしに彼女の名を呼んでみました。

 にゃあ。

 鳴きました。

 もう一度呼んでみました。

 にゃあ。

 鳴きました。

 もう一度呼んでみました。

 にゃあ。

 鳴きました。

 もう一度、と口を開いたところでリディエと目が合いました。

 いいかげんにしろ、彼女の目はそう語っていました。

 わたしは口を閉じました。

 そして確信したのです。

 この猫は探偵猫リディエで、間違いなくわたしたちの暮らすこの世界にいま存在しているのだと。

 とはいえ夢である可能性も否定できません。

 わたしは女の子に、ちょっと頬をつねってみてください、と頼みました。それが覚醒の常套手段であると、以前読んだ本に書いてあったのです。

 しかし、なにを勘違いしたのでしょう。あろうことか女の子は自分の頬でなくわたしの頬をつねってきたのです。

 そんなの痛いにきまっているじゃないですか。

 驚き傷ついたわたしは、蛮族ですかあなた、と女の子をなじりました。

 彼女が楽しそうに笑ったので、つられてうっかり笑ってしまいましたが、あの時の気持ちはいまでもはっきりと憶えています。忘れられるわけがありません。

 経緯はともかく、夢でないらしいことを理解したわたしは膝の上で丸くなっているリディエを見やり、ちいさな頭を撫でました。

 リディエは人の言葉を理解します。発話こそできませんが、こちらの話を聞いて、わたしたちの言葉で思案を巡らせることができます。

 そして人びとが失くしてしまった大切なもののありかを突き止め、彼らのかわりに見つけ出し、報酬としてあたたかい寝床とおいしいごはんにありつくのです。

 わたしは彼女にお願いしました。女の子の宝物を見つける為にちからを貸してもらえませんか、と。

 彼女はにゃあと鳴きました。

 わたしはそれを承諾の意と受け取り、意気揚々と歩きはじめました。

 いえ、おかしいとは思ったんです。自分の足音しかしませんでしたから。

 振り返ると近くに誰もいませんでした。女の子と猫がはるか後方に見えます。わたしは踵を返し、一人と一匹のもとへと戻ってゆきました。

 わたしは血がのぼってほてる顔を、暑いですねえ、と両手であおいで冷ましました。冬でしたが。わたしの繊細さを象徴する出来事だと思います。

 あの、今回はここまでで構いませんか? なんでもないおしゃべりなら数日でも休みなく続けられるのですが、その、緊張してしまいまして。 

え、そうは見えないって、なにを言っているのですかあなたは。もう勘弁なりません。ちょっとこちらへ来て……わかればよいのです。

 では、次回も。

 はい、同じ時間に。

 はい。

 はい。

 ええ、おつかれさまでした。